説教要約

9月9日

 その日、朝陽が美しかった 』

士師記13:19~25

 

 士師記13章はこのような言葉で幕開けます。「イスラエルの人々がまた主の前に悪を行ったので、主は彼らを四十年の間ペリシテびとの手にわたされた」。40年もの間、敵国の支配下に置かれていたとは・・・。それはつまり、今日の箇所の主人公であるサムソンの両親が、その40年の間に“不妊”と言われる年齢に達していたということであり、両親も含めた民全体が希望を失い、闇の中に置かれた時代に、サムソンは生まれたということです。

 

 その後、神様の使いによって身ごもることを告げられたサムソンの母は、同時に、お腹に宿る子が“ナジルびと(生涯を神にささげた人)”であり、敵国ペリシテからイスラエルを救う働きに用いられていくことを告げられます。そして強い酒を飲むことと汚れた食物を食べることを禁じられました。これは、生まれてくるサムソンが、お腹にいる時から汚れに接することがないようにということだったのでしょう。ただ、サムソンといえば、どこまでも“型破り”なイメージがあります。怪力で、気分屋で、幾度となく女性に騙されていく・・・。それでも、神様との約束に対してはどこか真っ直ぐだったようです。そして、それゆえに、彼は神様によって必要な力”を与えられ、約束された働きに用いられていったのです。

 

 さて、サムソンの母が、彼を身に宿すとの約束を受けた時、父マノアはその妻の言葉をにわかには信じることができず、神様の使いにもう一度現れるようにと求めました。ところが、彼の求めに応じて神様の使いが改めて彼の前にも現れても、彼はなお信じず、更には、約束を告げた神様の使いが去った後には「わたしたちは神を見たから、きっと死ぬであろう」とつぶやくのです。どこまでも後向きな彼は、当時のイスラエルの民を代表する存在として描かれているのかもしれません。しかし、同じ状況下に置かれていたはずのサムソンの母は、その闇の中で、その御告げを光として受け止め、息子に“サムソン(太陽)”と名付けました。彼女にとっては、それはまさに闇が明け、陽が昇る知らせだったのでしょう。

 

 大きな揺れが起り、全道から灯(あかり)の消えたあの夜。あれほど待ち焦がれて迎えた朝陽がこれまであったでしょうか。闇を味わったからこそ、気付かされたその朝陽の美しさ・・・。幾度となく闇を味わいつつ、その都度その朝陽の美しさを味わってこられたであろう“幸齢者”の皆さんから、その醍醐味を学ばせて頂きたいと願っています。

 

(教会学校月間③・シニア祝福礼拝/牧師・石橋大輔) 


過去の説教要約

9月9日

犠牲なんてまっぴらごめん

士師記11:29~40

9月2日

人の期待には応えない

 士師記11:1~11

8月26日

ハンドメイドby神様

エペソ人への手紙2:8~10