礼拝説教要約

『 やる気を削ぐ神様 』

使徒行伝9:19後半〜25

 

 作家・川村元気氏がこんなことを語っていました。ある時、認知症の進む祖母から「あなた 誰?」と言われショックを受けるも、その祖母と過ごすうちに「記憶が抜けていく、非常に大事なものだけになっていく祖母が幸せそうで、うらやましいとすら思えた」のだそうです。多くのもので武装したり、自分の計画ややる気で満たされている時には、本当に大事なものは見えていないのかもしれません。

 

 伝道者パウロは、三回にも亘る伝道旅行を繰り広げ、世界中に福音を宣べ伝えた・・・しかも、ある時には持病に苦しみ、ある時には自然の猛威に見舞われ、ある時には獄中生活をも経験し、まさに命がけの働きをなしたことで、「最初の世界伝道者」と高く評価されます。ただ、神様の御業の面白さは、必ずしも彼の思い描くような展開で、事が進んでいかないというところにこそあったと思うのです。彼がやろうとすることが退けられ、綿密に立てた計画が崩され、「何とかキリストのために賜物を活かしたい」との願いが空回りすることで、彼はどれほど落胆したでしょうか。そのことが最も顕著に表れたのが、ダマスコ途上でキリストに出会った彼が一転してキリストの福音を人々に伝える働きに仕えようとした時のことが記される今日の箇所だと言えるでしょう。つい数日前まで「イエスこそ神の子だ」と告白するクリスチャンたちを縛り上げていた彼が、自身で「イエスこそ神の子だ」と人々に伝えて回ったというのですから、当然人々から反感を買うわけです。そして、とうとう人々は彼の命を奪うことを計画し、それを知るに及んだ仲間たちによって、彼は町から“強制夜逃げ”させられるのです。この“強制夜逃げ”は彼の命を守るための仲間たちの選んだ行為だったのでしょうが、パウロからすれば、やっと自分の本来なすべきことがわかったので、早速それに全力で取り組もうとしていたにもかかわらず、その“やる気”を削がれた出来事でしかなかったことでしょう。ただ、だからこそ彼は“異邦人伝道”へと向かわされていったのです。彼が自身のやる気のままにダマスコで行動していたら、もしかしたらそこで殉教の死を遂げていたかもしれません。そこでストップをかけられたことで、彼は新たな展開へ・・・いや本来の神様の導く道へと向かわされていったのでしょう。そしてその経験があったからこそ、彼はその後、自分の思いや計画をあえて捨てることで、そこで初めて見えてくる神様のご計画をこそ選び取っていったのだと思うのです。

 

(7月7日/牧師・石橋大輔) 


過去の説教要約
6月30日 気前のよさを妬むのか? マタイによる福音書20:1~16
6月23日 壁を建て、それが壊される ヨシュア記6:1~21
6月16日 わたしもあなたを罰しない ヨハネによる福音書8:1~11