説教要約

5月20日

『 教会って誰のもの? 』

使徒行伝2:1~13

 

 復活されたイエス様が天に挙げられた後、弟子たちは集まって一致して祈っていました。そこにいたのは120名ほどであったと言います。師と慕ったイエス様を失った彼らは、イエス様の弟子であった11名に加えて、自ら命を断ったイスカリオテのユダの代わりにマッテヤという人物を加えることで、改めて自分たちの群れのリーダーを確認し、組織体制を整えようとしたのです。ところが、そこに起こされたのが“ペンテコステ(聖霊降臨)”でした。イエス様の霊である聖霊が降ると、弟子たちはそれぞれ他国の言葉で話し始めました。きっと彼らは混乱したことでしょう。群れを強固にしたいと考えていた彼らにとっては、予想外の展開だったはずです。ただ、この時彼らの語った言葉は、それまでの120名の仲間には通じない言葉でしたが、それまでの“よそ者(各地に住むユダヤ人)”には通じる言葉でした。そうして、そこには数千人という多くの人たちが加えられることになっていくのです。それだけの人々が一気に加われば、彼らの群れは「もはや自分たちのものではなくなっていく」と感じられたことでしょう。そして、その彼らが「もはや自分たちのものではない・・・」と感じられたその群れこそが“教会”と呼ばれるようになっていくのです。

 

 札幌バプテスト教会の教会創立(教会組織)65周年を迎えました。1951年、米国南部バプテスト宣教団の数名の宣教師と、日本バプテスト連盟の牧師が来道し、大通りから一区画ずつ歩きながら、伝道候補地を主に祈り求めました。翌年1952年には現在の会堂の建つ南22条西14丁目に300坪の土地が購入され、天幕(軍用テント)での集会が開始されます。そして、1953年にその天幕において、教会員36名で教会組織がなされ「札幌バプテスト教会」としての歩みが始まっていったのです。ですから、教会としての歩みを始めてからは確かに今年で65周年となるわけですが、「北海道の人々に伝道を」と準備がなされ、祈りがささげられ始めたのは、実はもっと以前のことで、私たちは、自分たちの“群れ”としての成り立ちと歴史にだけ目を留めることなく、建物や組織を越えて起こされてきた主の豊かな御業の歴史にこそ目を留めるべきなのかもしれません。 

 

(教会創立65周記念・ペンテコステ礼拝/牧師・石橋大輔)


過去の説教要約

5月13日

神は顧みておられた

創世記16:1~14

5月6日

先の見えない道を歩む

伝道の書11:1~6

4月29日

つながる神と、甘えられた人

マルコによる福音書2:1~5